能力を発揮

徐々にプロデューサーとしての能力を発揮して成功を収めていきました。徐々にドラマの挿入歌などに採用されるようになって曲と名前が知られるようになり、歌謡界でも注目される新人アイドルになることができました。そんな彼が自らの世界進出をあきらめきれずに、6年ぶりに歌手にカムバックしました。当初彼は世間からダンスが上手な歌手というだけの認知度でした。 今ではアジア最高の名プロデューサーとして知られている「パク・チニョン」ですが、元は自らが歌手を目指していました。それが1995年に発売したセカンドアルバムで作詞や作曲、プロデュースを手掛けたことでプロデューサーとしての腕を認められるようになりました。韓国音楽でアメリカ進出を果たすためです。